2026年7月1日水曜日

「音読」は暗記に効果的

7月です。先月某日、地元紙の北日本新聞に”暗記のこつ「音読」”と題する囲み記事が載っていました。 それによれば、「人は息を吐いているときに効率よく暗記できる」との研究結果を、兵庫医科大などのチームが英科学誌に発表したということでした。 つまりは、息を吐く動作が含まれる「音読」が暗記に効果的だという記事でした。 ▼研究チームは、鼻にチューブを入れて空気の流れを計る方法で、研究に参加した30人の呼吸を記録しながら1秒ごとに動物や植物の画像を40枚示し、 その後、無関係な画像を混ぜた画像80枚を見せて、最初の40枚に含まれているかどうかを答えてもらったということです。 ▼その結果、息を吸い始めるタイミングで画像を覚えた場合に比べて、息を吐き終えるタイミングで覚えた方が素早く質問に回答できていたということです。 また、最も速かったのは、回答するときも息を吐いている場合だったということです。 研究チームは、息を吐く動作の「音読」が暗記に効果的で、「英単語などを声を出して覚える方法は理にかなっている」と分析したとありました。 ▼もとより、「音読」には、読む力を伸ばすだけでなく、理解力や記憶力、集中力を高めるなどの効果が指摘されてきました。 図らずも、チームの件の研究は、「音読」することが記憶の定着を高める、つまり、暗記に効果的だということを検証結果で裏付けたと言えます。 ▼ところで、昔は、電話番号のいくつかは覚えていたものです。最近は携帯電話のメモリー機能にすっかり頼りきりです。 そう言えば、昔アナウンサーだった頃、TVニュースで顔出しのリード部分を懸命に覚えたものです。が、そのうちにプロンプターが導入され、だんだん覚えることをしなくなりました。 記事を読んで、「最近は何かと便利になり過ぎて、暗記しようと努めることをしなくなったなぁ~」という感慨と自戒の念を強くしたところです。 ▼「音読」が暗記に効果的なのだから、時折、暗記することを目標に「音読」してみてはどうでしょうか。 因みに、鞍田朝夫「話し方教室」では、今年度、毎回、「家持の越中万葉歌」を2首ずつ書いて受講生に配布しています。 部屋の壁に貼って、毎日「音読」し、気に入った歌があれば、それを暗記してみるのも一興かもしれません。

2026年6月1日月曜日

話し方の「心技体」を考える

6月です。先月行われた大相撲夏場所のテレビ中継で、解説の琴風(元大関の琴風)さんが相撲における「心技体」についていろいろ話していました。 それを聞いて、話し方の「心技体」について考えてみました。 相撲の「心技体」を話し方に当てはめた場合それぞれ何になるか?そして、一番大切なのは?訓練の順番は?などです。 ▼そもそも「心技体」とは、主にスポーツや武道において力を発揮し成果を出すために大切な3つの要素を指す言葉です。 この3つの要素は、心(こころ)、技(わざ)、体(からだ)のことです。 「心技体」は、スポーツで強くなるための基本の考え方で、バランスよく鍛えることが大事だとされています。 ▼では、スポーツの「心技体」を話し方に当てはめるとどうか? 心=伝える姿勢や意図、技=言葉の選び方や構成、体=声、表情、間、などが考えられます。 具体的には、心:何のために話すのか、相手にどう受け取ってほしいのか。技:語彙、話の順番、要点の絞り方。体:声の出し方、滑舌、姿勢、表情、間。などです。 ▼ところで、琴風さんは中継の中で、師匠の先代の第53代横綱・琴櫻さんが「心技体」の大切さを日々口にしていたこと、相撲で一番大切なのは気持ち、メンタルの強さ、「心」だと力説していたこと、 そして、日頃の稽古で鍛えるべき順番は、心⇒技⇒体の順なのだと説いていたこと、などを話していました。 ▼では、話し方の「心技体」で大切な順番はどうか?日頃の訓練はどう進めるべきか? 私は、体⇒心⇒技の順番が実用的だと考えます。 体:声の安定、息の使い方、姿勢、表情など、これが弱いと内容がよくても伝わりません。心:伝える目的、落ち着いた態度、相手への配慮など、これが無いと伝わり方が悪くなります。 技:結論から話す、要点を絞る、間を取るなど、これらは話し方の最後の仕上げです。 ▼話し方は、うまく話すより相手に届く状態を整えることが肝心です。なので、土台の「体」、相手を思う「心」、伝える「技」という流れがいいように思います。 いずれにしても、話し方の「心技体」は1つだけ強くても不十分です。スポーツ同様、3つをバランスよく身につけることが何より大切なのだと思います。

2026年5月1日金曜日

型と構え、そして、話し方

5月です。先月27日(日本時間)、ドジャースの大谷選手が12試合60打席ぶりに6号ホームランを打ちました。 試合後、これまでとの違いを問われ「やっぱり構えが一番。そこを整えればもう少しいい打席が送れる」と答えて、復調の兆しを感じさせました。 どうやら、構えに少しのズレがあったということのようです。 ▼大谷選手には、練習や実戦で掴んだ確かな投打の型があるのだろうと思います。 重心や力の方向など複雑な要素を収斂した独自の構えがあるのだろうと思います。 何度でも再現できる型があり、無意識レベルに落とし込んだ構えがあるから、唯一無二の”二刀流”で安定した成果を出し続けているのでしょう。 ▼先月のこのコラムで書いたように、芸事やスポーツにはそれぞれに奥深い型があります。 この型の考え方を話し方の向上にも生かしたいものです。それには、話し方を再現可能な身体技法として捉えることだと思います。 多くの人は、話し方はセンスだと思いがちですが、実は、芸事やスポーツと同じで、話し方も、型を持つ人ほど安定し、説得力があり、緊張にも強いのです。 ▼話し方にも型があります。声、間、姿勢、構成の4つに分解できます。 腹式呼吸で、ゆっくり、しっかり。声の型が安定すると説得力が一気に上がります。大事な言葉の前に1秒、間を置く。間が聞き手の理解と美しさを生みます。 姿勢は、背筋を伸ばし顎を引く、手の動きは最小限に。これだけで落ち着いた話し手に見えます。 構成の基本は、結論、理由、具体例、結論、です。型があると余裕を持って話せるようになります。 ▼風薫る新緑の季節です。 大谷選手にとって、4月はまだキャンプの延長線上なのかもしれません。型を点検し、構えのズレを整え、いよいよ5月攻勢です。 私たちも、心機一転、話し方を入念に点検し、新緑から深緑への季節を踏み出したいものです。

2026年4月1日水曜日

『型』に挑んだ、その先で・・・

4月です。先月行われた日本アカデミー賞の授賞式で「国宝」の吉沢亮さんが最優秀主演男優賞を受賞しました。 その吉沢さんが、昨年末、あるテレビ番組で歌舞伎の女形の『型』の習得に苦労したことを話していたのを思い出します。 ▼曰く「役者はその人なりの正解みたいなものがあるので正直な話、下手でも味になる。 でも歌舞伎に関しては『型』があって、特有というか、唯一無二なんでしょうね。基礎がバッチリ固まっていないとダメ。下手じゃダメなんですよね」 ▼映画で演じた女形について、最初のすり足ができるまでに3か月かかったことを明かしたうえで 「やればやるほど本物の歌舞伎役者さんたちの凄さというか、これはもう1年半じゃ絶対に間に合わないなと思いながらやってました。 ある意味、意地になりながら、どうにかやったという感じ」と、苦労の日々を吐露していました。 ▼歌舞伎や能などの伝統芸能には長い歴史の中で継承されてきた『型』があります。 『型』は、身体と意識を通して原理を身につけるための、言わば高度な学習装置なのかもしれません。 しかし、単なる形の暗記だけでは極めたことにはならない難しさと奥深さが歌舞伎にはあるのでしょう。 ▼日本アカデミー賞の授賞式での吉沢さんのスピーチが意味深長でした。 「今回、この”国宝”という作品を通して、表現の道、お芝居の道を生きる人間の業(ごう)というか、その道の険しさみたいなものを改めて痛感しました。 そして、その先にある本当の喜びのようなものに少し触れられた気がして、改めてこの道に生きる自分を見つめ直す機会になりました」と、俳優人生の転機になった実感を話していました。 ▼何事にも習得すべき『型』というものがあるように思います。安定した成果を出すためには同じ動きを何度も再現できることが不可欠です。 『型』は、言わば基礎のことです。しかし、何事も『型』の習得だけでは簡単に到達できない奥義があるのも事実です。 話し方においても、『型』に挑んだ、その先で・・・確かな手応えに触れるほどの努力をしてみたいものです。

2026年3月1日日曜日

「楽しむ」を信条に

3月です。先月行われた冬季五輪の日本勢の大活躍に感じたことがあります。 緊張感を余儀なくされる選手たちの逞しいメンタルに時代の変化を垣間見たように思いました。頼もしい限りです。 ▼日本のスポーツ界にも、旧来の根性論から「楽しむ」意識へのシフトが確実に進んでいるのかもしれません。 「楽しむ」と意気込みを語り試合に臨んだ選手が何人もいました。 昔の「国を背負って失敗できない」悲壮感から、「五輪を楽しむ」というポジティブな目標が常となりつつあるのでしょう。 ▼今年の冬季五輪では、多くの選手が「自分らしく楽しむ」姿勢で大活躍し私たちを魅了しました。 特にスノーボードやフィギュアスケート勢がその精神の象徴でした。 失敗を恐れず難度の高い技に果敢に挑戦する姿に感動しました。高難度に挑むこと自体が「楽しむ」を追求する原動力になっているのかもしれません。 ▼そもそもスポーツの語源は、「運び去る」「運搬する」を意味するラテン語だそうです。仕事から離れて気分を転換する「気晴らし・遊び」が本来の意味です。 五輪の重圧下でも「楽しむ」と語る選手が増えているのは、自然な時代の流れなのかもしれません。スポーツの本質を「楽しさ」と見なす空気が広く一般化しているようです。 ▼思うに、「楽しむ」という信条は、厳しい練習で確かな自信を掴んだ選手のみが辿り着く境地なのでしょう。 蛇足ながら、人前でのスピーチにも「楽しむ」という信条が必要です。聴衆の頷きや笑顔を味方につけ「伝える楽しさ」をめざすべきです。 そのためには、しっかり事前の準備をし、深呼吸で心を落ち着かせ、背筋を伸ばして笑顔で話しましょう。「楽しむ」が見えてくるはずです。

2026年2月1日日曜日

謝意は謝意ながら

2月です。”月日に関守なし”と言います。あっという間に今年も1か月が過ぎました。 ところで、かねがね気になっていることがあります。 時折、ニュースの最後に「今夜もご覧いただきありがとうございました」とコメントするアナウンサーがいます。 謝意は謝意ながら、いささか違和感を覚えます。 ▼ニュースには、人の幸せを伝えるものばかりではありません。事件、事故、災害など、人の不幸を伝えるものが多々あります。 むしろ日常的にはそちらの方がある意味ニュースなのかもしれません。 そんな人々の不幸を幾つか伝えた番組の最後に「ご覧いただきありごうとうございました」と丁重に言われると、なんとも割り切れない思いになります。 ▼きっと、視聴者への素直な感謝の気持なのでしょう。たぶん、仕事に対し誠実で謙虚な方(方々?)なのでしょう。 しかし、例えば、火事で人が亡くなったとか、災害で大勢の人が死傷したとか、気の毒なニュースを聞いた後で 「ご覧いただきありがとう」という謝意のコメントを聞く度に”果たして適切なコメントなのだろうか”と、かねがね疑問を抱いていました。 ▼折しも、先日、県内の親しいフリーアナウンサーと話す機会があり、件のコメントについて意見を求めたところ、 何度か聞いたことがあり”視聴者に媚びているように思った”という感想でした。 視点は少し違うものの違和感を覚えるという点では通底するところがあるように感じました。 ▼友の反応に共感者を得て、ますます違和感を強くしているところです。 事件や事故、災害のニュースには、当事者がいます。当事者の関係者が数多います。 そんな人達が「今夜もご覧いただきありがとうございました」というコメントをどんな思いで聞いているでしょうか。 謝意は謝意ながら、ニュース番組には馴染まないコメントに思えてならないのですが・・・

2026年1月1日木曜日

「幕開け」と「幕開き」、そして「開幕」

新しい年が幕を開けました。幕を開けると言えば、昨年末に「まくあき」という愛称の投資信託を勧められました。 目論見書の「まくあき」という毛筆の標題に、アナウンサーとして駆け出しの頃に先輩から教わった「幕開け」と「幕開き」という言葉のことを思い出しました。 ▼物事の始まりという意味で一般的に使われる「幕開け」は、実は「幕開き」が正しいのだというのが先輩の教示でした。 目から鱗のひと言でした。確かに、「幕が開く」の名詞形は「幕開き」が正しい語です。「幕開け」は「幕開き」から派生した語です。 それが、今では、派生形の「幕開け」の方が広く定着しているというわけです。 ▼そもそも「幕開き」は、芝居や演劇で「幕が開いて芝居が始まること」を指す言葉です。そこから転じて一般に物事の始まりも言うようになりました。 本来、演劇や歌舞伎などの始まりを指すときは「幕開き」とするのが原則でした。 しかし、近年、押し並べて「幕開け」が一般化し、芸能のみならず「新時代の幕開け」など比喩的な始まりも「幕開け」が主流です。 ▼「幕開け」と「幕開き」は、意味はほぼ同じで「物事の始まり」を表しましが、成り立ちや使い方にちょっと差があります。 ですから、私がアナウンサーだった頃は、芸能関係では「幕開き」を、芸能以外、一般の「開始」の意味で使う場合は「幕開け」と、意識して使い分けていたものです。 ▼ところで、「開幕」という言葉があります。舞台の幕が開くことです。 そこから、観客が居るものが始まる場合、例えばスポーツの試合などについても「開幕」が使われるようになりました。 逆に言うと、観客が存在しない始まりには「開幕」という言葉は馴染まないのです。 ▼件の「まくあき」という投資信託の目論見書には”新たな日本の資産運用業の「まくあき」を目指します”と謳っています。 多くの投資家が関心を寄せる舞台にしたいという思いを言葉に託したのかもしれません。 ▼令和8年、今年予定されるあらゆる「幕開け」や「幕開き」、そして「開幕」に、明るい展望があり盛況を呈することを願うばかりです。