5月です。私達は、この時期何気なく「風薫るさわやかな季節に
なりました」などと、スピーチで挨拶したり手紙に書いたりします。
しかし、「さわやか」という言葉は秋の季語で、俳句では春や夏を
表現するときに使わないのが原則になっています。
この「さわやか」の使い方に関して、先日の北日本新聞のコラム
で取り上げていました。コラムの筆者は、まず「朝、明るい日差し
の中で庭先の若葉が輝いている。思わず深呼吸したくなる。」と
書き始め、時候の感慨として「さわやかな日が多くなってきた」と
書き進んだところで、気象予報士の半井小絵さんが4月初旬の
気候を綴った一文に、「この季節、つい”さわやか”という言葉を
使いたくなりますが、厳密に言えばそれは間違いです」と書いて
いたのを思い出したというのです。その一文には、誤用すると
俳句をたしなむ視聴者からテレビ局へ、「違いますよ」と連絡が
あるのだ、というエピソードも紹介されていたようです。
件の筆者は、言葉とはつくづく難しいものだと述懐していました。
ところで、「さわやか」は、もともとさらりと乾いた秋風が吹くこと
をいい、やがて、その風に包まれるときの感じをいうようになり、
さらには、秋の心地よい気分をいうようになった、のだそうです。
よって、俳句や詩歌の世界では、「さわやか」という言葉が秋の
季語なのでしょう。
厳密な語意から言えば、冒頭の「風薫るさわやかな季節になり
ました」という時候表現、とりわけ「さわやか」の使い方は間違い
だということになります。しかし最近は、季節に関係なく一般に
「さわやか」が使われているように思います。因みに大辞林には、
薫風を、初夏、若葉の香を漂わせて吹いてくるさわやかな南風、
と語義解説されています。初夏の風を、「さわやか」という、本来
なら秋を伝える言葉で説明しているのです。
言葉は時代とともに変化します。とは言え、原則は原則です。
原則をちゃんと認識した上で、あれやこれやと悩んでみる・・・
そのことが、実は一番大切なことなのかもしれません。
5月の鞍田朝夫「話し方教室」、きょう1日と15日に開きます。
いずれも、午前10時から12時まで富山県民会館608号室で
開講します。1日は「簡潔に話す」、15日は「短いセンテンスで
話す」が学習テーマです。
関心のある方のご参加をお待ちしています。入会前の見学を
歓迎します。☎076-431-3248にお電話いただければ幸いです。